表具師店長の日記
当店二代目が亡くなりました… Part.1
今年の5月28日 当店2代目である 親父(康人)が亡くなりました。
95歳の大往生でした \(^o^)/


お袋が無くなった後 半年ほどで認知機能が衰えだした為、認知症の施設にてお世話になってきました。
2015年からなので、10年間お世話になりました。 ただ ずっと同じ施設に居たのではありませんが…
最初は近くのグループホームでお世話になったのですが、認知症の症状により出てきた行動を取り上げ
「あなたのお父様だけを見ることは出来ないので、夜間泊まりに来て欲しい」 と施設から連絡が入り、
1週間を2回ほど 対応しましたが、仕事しながら泊まりに行って世話をするなんて 当然無理な話でした。



親父は何も悪くないのに、ただ認知症の症状が出ただけなのに、認知症専門のグループホームなのに
そんな事を言われたので、そこを出て 緊急避難的に病院へ入院させて頂きました… (>_<)
施設利用者の代表を務めたりして、施設の為に協力したにも拘らず、いじめに遭った様でした・・・
病院の先生は「そんなん認知症の症状だから、対応出来ないなら認知症対応の看板降ろしたらええ
のになぁ…」 と言っておられました (~_~;)
ちょうど コロナが感染拡大し出した頃だったので、面会にも行けず認知症も進むばかりでした・・・
3か月ほどの入院予定が、コロナの影響(?)で延ばして頂き ほぼ1年間面倒を見て頂きました。

その後 近くの特養が空いたので、そちらで最後までお世話になりました ヽ(^o^)丿
この特養の理事長が偶然にも知り合いであった為、特に大事にして頂けたようです。
お世話になったのは2年ほどでしたが、一番穏やかに過ごせたと思い とても感謝しております m(__)m
ただ 面会に関しては、コロナの影響もあり1年間くらいは面会が出来ませんでした。
コロナが 「2類相当」の感染症から、「5類相当」の感染症に変わった後も、施設内で感染者が出たとか
色々な事が発生し、面会が出来たり出来なかったりが続きました。
そんな事もあり 店長の事はすっかりと忘れてしまい、面会に行っても最初にチラッと見るだけで、後は
目を瞑っていることが多かったんです… (>_<)


でも 今年の3月に面会に行った時、小さな声で 「よう来てくれた」 そして帰る時には 「有り難う」 と言って
くれたので、ビックリして引き返したことを思い出します (^^♪
親父は 職人の堅物さんだったので、余り良い事を行ってもらった記憶がありません。
毎日怒られてばかりで、いつになっても認めてくれなかったです。
2010年に談山神社の文化財の修復に携わった時 ニコニコして「ええ仕事させてもらったなぁ…」と
言ってくれたのが 店長が覚えている唯一の誉め言葉だったと思います (^^ゞ
認知症初期の頃は、「こんなとこから早く出せ。家に帰らせろ!」 と何度も怒りの電話が掛かってきました。
その度 施設に顔を出し、色々話をして納得してもらったのですが、京都マラソンを走っている時に電話が
掛かって来た事がありました…
何度も掛かって来るので 「誰からや?」 と思ってスマホを見ると 施設からでした…
いつもの様に「親をこんなとこに放り込んで遊んでるんやろ! はよこっちへ来い」と言われました (~_~;)
走りながら応対し 「ごめんな、今すぐには行かれへんね…」 と言った事もありました (^_^;)
認知症が進んでからはそんな事も無かったので、店長の事が分かってそんな事を言ってくれた親父が
今ではとてもいとおしく 京都マラソンの事はとても良い思い出です !(^^)!
Part.2 へ 続きます (^^♪
2025/8/27 書く
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